| マダガスカルの民族 |
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復習ビデオ マダガスカルの歴史:マダガスカル島の成り立ち:アフリカ大陸との関係1 アフリカ大陸との関係2:アフリカ大陸との関係3 これら民族が幾世代も経て混血してマダガスカル人を形成しています。 マダガスカル島は、アフリカ大陸からモザンビーク海峡を経て、400キロ先にあります。 400キロといえば、福岡から韓国までの距離200キロの倍、東京 ⇔ 大阪直線距離に相当します。 しかも、大きな海流の流れがあり、島に辿り着くには大きな困難があったろうと思います。 そしてマダガスカル島は、故郷東南アジア諸島から6000キロ離れています。 この距離を海流に乗るとはいえ、アウトリガー付きの帆船で島に辿り着くこと、正に驚異的で、操船の技術の卓抜さが感じられます。 マダガスカルの西海岸側はアフリカ人の、中央高地、東海岸側はオーストロネシア人の要素が強いです。 アフリカ経由のマダガスカル人の典型は、サカラヴァ人とサブグループで、主にゼブ牛(同じくアフリカ経由)の牧畜業などを営んでいます。 サブグループには、バラ(Bara)、ヴェゾ(Vezo)、マシコロ(Masikoro)、ミケア(Mikea)などがいます。 これに対し、オーストロネシア人の典型は、中央高地に住み、稲作に従事しているメリナ人です。 アフリカ人(バントゥー族 =Bantuid )、オーストロネシア人(その祖とも言われる南モンゴロイド= South Mongolid )の平均顔は以下の通りです。
![]() 遺伝子から見る民族の出自
オーストロネシア人が各地に拡散していった時期(紀元前350年~紀元550年頃)
マダガスカルの民族居住地地図と気候分布地図
![]() 総人口の 95.9% が現地のマダガスカル語(Malagasy)を話します。 同じく総人口の僅か 1.1% が海峡を隔てたモザンビークのマクア語(Makua)を話します。 民族構成比率の高い主要民族は以下の五民族です。 Merina=メリナ人=中央高地居住( 24.0% ) Betsimisaraka=ベツィミサラカ人=東海岸居住( 13.4% ) Betsileo=ベツィレオ人=南東海岸居住( 11.3% ) Tsimihety=チミヘティ=北海岸、北西海岸居住( 7.0% ) Sakalava=サカラヴァ人=西海岸、北海岸、北西海岸居住( 5.9% ) 主要五民族の明細は以下の通りです。 ● メリナ人 メリナ人(Merina)は、首都アンタナナリボを中心とする中央高地に居住しています。 (イメリナ、アンティメリナ、またはホバ=自由庶民としても知られています。) 17世紀にメリナ王国を建国し、マダガスカル全島をほぼ統一して以降、マダガスカルの政治経済の主導権を握ってきました。 メリナ人は伝統的に稲を栽培する農耕民であり、中央部の高原に広大な水田地帯を作っています。 またメリナ族は現在はキリスト教徒ですが、祖先祭のファマディハナなど古代の祖先崇拝の名残を保守しています。 ● ベツィミサラカ人 ベツィミサラカ人(Betsimisaraka)は、主にマダガスカル東沿岸、トアマシナ州に居住しています。 焼畑による稲作を中心とする農業や、漁業を主な生業としています。 ベツィミサラカとは「離れられない多くの人々」という意味だそうです。 ベツィミサラカ人が民族として成立したのは18世紀前半で、英国人海賊とマダガスカル人との間に生まれたと称するラツィミラフという王がマダガスカル東部沿岸を統一し、ベツィミサラカ王国を建国して以後です。 王の死後、王国は分裂、崩壊しましたが、民族としての同族意識は持ち続けています。 ベツィミサラカ人はキツネザル、ワニに畏敬の念と恐れを抱いている、とされています。 ワニが集まるとされる川岸では、供物を投げることは珍しくありません。 ● ベツィレウ人 ベツィレウ人(Betsileo)は、主に中央高地南部、フィアナランツォア州の高原部に居住しています。 「ベツィレウ」とは、「無敵の人々」という意味だそうです。 肥沃で雨量の多い高原部を領しており、農業、特に水田による稲作を主な生業としており、傾斜地に棚田を作ることも多いです。 19世紀前半に、北隣のメリナ王国によって征服されましたが、メリナ人とは稲作中心の社会や人種的にも近く、現在ではメリナ人に並ぶ社会的地位を占めています。 いずれにせよ、中央高原に住むメリナ人とベツィレウ人は「陽の下の民族」と呼ばれ、海岸部に住む他民族とは対立しがちです。 ● ツィミヘティ人 ツィミヘティ人(Tsimihety)は、アンツィラナナ州や、マハジャンガ州北部、トアマシナ州北部の各内陸部に居住しています。 「ツィミヘティ」とは、「髪を切らない人々」という意味だそうです。 この名前は、喪の時に髪を切ることが期待されていた西の王国サカラヴァ王国からの独立に関連している可能性が高いです。 ツィミヘティ人は牧畜と稲作を主な生業としています。 過去王国を形成したことなく、社会も階層化していませんが、移住を繰り返し領域を広げ、西のサカラヴァ人の領域にも勢力を広げています。 ● サカラヴァ人 サカラヴァ人(Sakalava)は、マダガスカル西部海岸部、主にマハジャンガ州、トゥリアラ州北部に居住しており、居住地域はマダガスカル各民族中最も広いです。 サカラヴァ人はオーストロネシア人とバントゥー人の混合であると考えられています。 サカラヴァとは「長い渓谷に住む人々」という意味だそうです。 サカラヴァ人は16世紀ごろ、マルセラナ王朝のもとで西部海岸全域を支配し、1650年頃にサカラヴァ王国を建国し、奴隷交易などの貿易の利権を握り、繁栄していましたが、やがて中央高原のメリナ王国に押されて衰退しました。 乾燥した草原地帯を領域とするため、主に牛の牧畜を生業としていますが、農耕や漁業をおこなうサブグループもあります。
List of Madagascar ethnic groups
1.Former Antsiranana Province; north and northwestern coasts:Antankarana, Sakalava, Tsimihety 集中居住地域:マダガスカル民族サブグループ 旧アンツィラナナ州=北海岸と北西海岸:アンタンカラナ、サカラヴァ、ツィミヘティ
旧アンツィラナナ州=北海岸と北西海岸:アンタンカラナ、サカラヴァ、ツィミヘティ
★ 名前は「 tsingy =ツィンジー(裸足で歩くことができない場所に住む人々」の意味だそうです。 また「ツィンジー」には「ブンブン言う」という意味があり、独特の地形の針山を叩いた時に出る音から名づけられたという説もあります。 アンタンカラナは、元々はサカラヴァ王家の一族でしたが、後継者争いの後、17世紀初頭にサカラヴァから分離し、島の北端で主権を確立し、定住しました。 ![]() ★ サカラヴァとは「長い渓谷に住む人々」という意味です。 ● Tsimihety = 既述 ★ 「ツィミヘティ」とは、「髪を切らない人々」という意味です。 集中居住地域:マダガスカル民族サブグループ 旧マハジャンガ州=西海岸:サカラヴァ、ヴェゾ
旧マハジャンガ州=西海岸:サカラヴァ、ヴェゾ
★ サカラヴァとは「長い渓谷に住む人々」という意味です。 ● Vezo ★ 「ヴェゾ」は「釣りをする人々」を意味しますが、「海と戦う」という意味でも知られています。 サカラヴァ=Sakalavaのサブグループで、多くが漁業を営んでいます。 集中居住地域:マダガスカル民族サブグループ 旧トアマシナ州=東海岸:ベツィミサラカ、シハナカ、ベサノザノ
旧トアマシナ州=東海岸:ベツィミサラカ、シハナカ、ベサノザノ
★ベツィミサラカとは「離れられない多くの人々」という意味です。
● Sihanaka ★ 名前は、彼らが住むアラオトラ湖周辺の湿地帯に関連して「沼地の人々」を意味します。
● Bezanozano ★ 名前は、彼らの伝統的な髪型に関連して「多くの小さなひだのもの」を意味します。
集中居住地域:マダガスカル民族サブグループ 旧アンタナナリボ州=中央高地:メリナ
旧アンタナナリボ州=中央高地:メリナ ![]() メリナ王国は、19世紀前半にはその版図を、西部、南部を除きマダガスカル島のかなりの部分ほぼ全土にまで拡げました。
集中居住地域:マダガスカル民族サブグループ 旧フィアナランツォア州=南東海岸:ベツィレオ、アンタイファシー、アンタンバホアカ、アンタイモロ、アンタイサカ、タナラ
旧フィアナランツォア州=南東海岸:ベツィレオ、アンタイファシー、アンタンバホアカ、アンタイモロ、アンタイサカ、タナラ
![]() ★ 「ベツィレウ」とは、「無敵の人々」という意味です。 ● Antaifasy ★ 「アンタイファシー」とは「砂の人々」を意味します。(「砂」=「fasika」) 歴史的に漁業と農業の人々であった彼らは、強制労働者として大量に徴用され、19世紀のイメリナ王国の権威下で奴隷としてアンタナナリボに連れてこられました。 彼ら伝統的な生計の源とは、淡水湖や川から水を引いての米の栽培と漁業です。 ● Antambahoaka ★ 名前は町の創設者が「人々から愛されている=「Ratiambahoaka」という称号からきていると言われています。 「ラヴァラリボ」という名前のアンタイモロ(後述)が新しい社会集団を設立し、16世紀にアンタイモロから分離独立しました。 彼が設立した社会集団の名前は、この称号の変形であるアンタンバホアカに由来しています。 アンタンバホアカの主な経済活動は、海洋と淡水の内陸の川や湖の両方での漁業です。
★ 「アンテモロ」とは「海岸の人々」を意味します。 彼らは南東海岸、主にマナカラとファラファンガナの間に住んでいます。 アンタイモロは自らを、5世紀~10世紀にかけてメッカからマダガスカルに移住したラミニアというアラブ人の子孫であると信じています。 ただし、最近の遺伝子解析では、ソマリアから来た可能性が高いと言われています。 彼らは、アラビア文字を使用してマダガスカル語を書き写すソラベと呼ばれる執筆の知識を独占していたため、強力な魔術師や占星術師としての評判を築きました。 また彼らは、病院や診療所 に替わる民間療法師( ombiasy = オンビアシー)として現在でも活動しており、半年以上、故郷を離れることもあります。 マダガスカルの人々は、病気やその快癒を宗教的信念や迷信に結び付けています。 病気と死は神の罰または呪いです。 オンビアシーは各種の薬草などでの治療行為に先立ち、儀式(先祖への訴え、犠牲、浄化、呪文の悪魔払い)を行なう祈祷師でもあります。 ● Antaisaka アンテサカは、マダガスカル西部の沿岸サカラバ族の王室の子孫です。 彼らの主な経済活動は、コーヒー、米、バナナの栽培です。 彼らの家庭生活と結婚は、未だに多くのファディ( Fady =タブー)によって規制されています。 例えば、双子はタブーと見なされており、伝統的に出生後に殺されるか、死ぬまで森に放置する慣習がありました。 また、双子を家族と一緒に埋葬することは許可されていませんでした。 ★ 名前は「森の人々」を意味します。 彼らは、マダガスカル南東部の森林に覆われた内陸部に居住しています。
集中居住地域:マダガスカル民族サブグループ 旧トリアラ州=南部内陸地域と海岸:マハファリ、アンタンドロイ、アンタノシーの人々、バラ、ヴェゾ、ミケア
旧トリアラ州=南部内陸地域と海岸:マハファリ、アンタンドロイ、アンタノシーの人々、バラ、ヴェゾ、ミケア
★ 名前は「聖なる者」または「幸福にする者(「faly」=「幸福」)」のいずれか、とされています。 マハファリ王国は、19世紀にメリナ王国の支配下になかった数少ない王国の一つでした。 マハファリは主に農業と牛の飼育に携わっています。 ● Antandroy ★ 名前は「いばらの人々」を意味します。 その名前は、彼らが遊牧するマダガスカル南部で特徴的な固有植物のとげのある茂みに関連しているそうです。 彼らは、トリアラ州の極端な乾燥のために、平均的なマダガスカルよりも少ない米しか消費出来ず、むしろ、トウモロコシ、サツマイモ、キャッサバ、ゼブ牛の乳と豆腐などの伝統的な食事で生活してきました。 他の主食には、山芋、里芋の根、黍が含まれ、通常は水で、時には牛乳で茹で砕いたピーナッツで味付けされたりもします。 ● Antanosy people ★ 名前は「anosy(地域名)に住む人々」の意味です。 アンタノシーの多くは自給自足農業を実践し、米やキャッサバなどの農産物を販売しています。
★ バラという名前はバントゥー語に由来し、「内部のもの」を意味します。 彼らもサカラヴァのサブグループの一つです。 バラは、トリアラ州のマダガスカルの中央高原の南部に居住しており、歴史的な首都イホシ=Ihosyに集中しています。 バラは島のゼブ牧畜民の中で最大であり、歴史的に半遊牧民の生活を送ってきましたが、農業を実践する割合は増えています。
★ ヴェゾとは「釣りをする人々」を意味しますが、「海と戦う」という意味でも知られています。 彼らもサカラヴァのサブグループの一つです。 彼らのほとんどは、現在、マダガスカルの西海岸、トリアラとマハジャンガに沿った沿岸地帯に居住しています。 ● Masikoro ★ マシコロとは「ラッシュ(=イ草=畳表の材料)から作られた服を着たもの」という意味です。 彼らもヴェゾとミケア(後述)と並んでサカラヴァのサブグループの一つです。 マシコロは平地のものですが、ヴェゾが海のもの、ミケアが森のものであることです。 彼らは、マダガスカル南西部、トリアラ州海岸沿いにあるミケアの森周辺地域(針葉樹林と落葉性乾燥樹林が混ざったミケアの森)に居住している農民と遊牧民のグループです。
「ミケア」とは外部の人による他称に過ぎず、自分達のことを、ベゾミケア( = vezomikea )、マシコロミケア( = masikoromikea)と自称しています。 彼らは、園芸と馬の飼育をする民族であり、「マダガスカルの狩猟採集社会」と呼ばれることが多いです。また、雨季には森周縁部で主要穀物を育て、乾季にはテンレク(テンレク)や他の獲物が多く住む森の中に移動します。 彼らは、生活に必要な水分の摂取のためい塊茎の粘液に活用王しています。 彼らの生活は近くに住む漁民のヴェゾや農家兼牛・羊飼いのマシコロと相互依存で、彼らに森で捕まえたり栽培したものを提供しています。 現在、彼らの多くは、時にゼブ牛の放牧や他民族の畑の警備で収入を得ています。 ミケアの生き方は外部からは、多くの神話や伝説を創造した先祖と同じ神秘的な民と認識されていますが、実は、1800年代初頭の軍事衝突や重税、他の過酷な条件から森に逃げ込んだ人々の末裔なのです。
マダガスカルの人口は、現在(2020年)2800万人です。 (70年前の1950年には僅か400万人でした。) 2050年には5400万人、2100年には1億人を超える見込みです。 課題も大きいですが、可能性が大きな国であることは確かです。 | ||