数理生態学とは・・・         

生 物 の 拡 散 運 動

京都大学理学部 重定 南奈子

生物物理学教室 寺本 英

§1. は じめ に

「水面にこぼれ落ちた一滴のインキが拡がるように」というのと,「 蜘蛛の子を散らすように」というのとではおなじ拡がるといっても,だいぶおもむきを異にする.

後者は生き物の行動を用いた表現だから,意志を伴った行動であり,前 者が受動的であるのに反して後者は能動的であるということですましておけばよいかもしれない.

喫茶店や食堂に入って,さて何処に席をとろうかと考える.

客 が少なければできるだけ気分のよさそうな場所を選ぶが,ある程度混んでいるときにはなるべく客の密度が小さいような場所に席を選ぶ のが,ま あ普通の人の心理だといってよいであろう.

夏の太陽が西に傾くころから,賀茂川の土手にアベックの列が除々に形成されてゆき,しまいには見事に等間隔の一次元パターンが出来上る.

この現象も喫茶店の場合と同 じことだと考えられるが,アベ ックという特異的対が構成単位であるがために,相互作用も一段と強いと考えてよいだろう.

さて,ここで取 り上げようとするのは,こうした現象を無味乾燥に定量化してみようということなのである.

話はまず拡 がるという現象からはじめることにしよう.

顕微鏡の視野に入るコロイド粒子の観察結果をもとに,1906年EinsteinとSmoluchowskiはそれぞれ独立に,いわゆるブラウン運動の数学的定式化を成し遂げた.

そして,今日,この理論から導かれた拡散方程式は様々な確率的現象を定量的に記述する基本式として,コロイド粒子の運動 のみならず,熱 流など様々な物理的現象の解明に重要な役割を果たしてきている.

本来,ブラウン運動はランダムな外力によって誘起 される物理的現象であるから,その理論的裏付けも,古典力学,熱力学及び確率論といったいわゆる第1原 理に基づいて説明されてきた.

これに対して,生物個体がフィールドの中を移動分散している過程を考えてみよう.

生物の行動様式は,空中に舞う胞子や,水圏での植物性プランクトンの様な受動的拡散運動を行う場合を除けば,決してこうした第一原理に基づいて一般的に定式化することは出来ない.

実際,動物が主体的に移動分散を行っている場合には,鳥の回帰移動,魚群の運動,昆虫の群飛などの例に 見られるように,そ れぞれ種特有の行動様式に従って運動していると考えられ,その多様性は,進化の問題とも関連して非常に興味深い課題を含んでいる.

したがってこうした様々な生物 の分散過程をすべて統一的に理解するような指導原理を見い出すことは,まず不 可能であろう.

そこで,我々は個々の種に即してその移動分散様式の特徴をとらえ,その上に立って理論的な考察を構築する所から始めなければならない.

幸い,小動物,特に昆虫については我が国で非常に優れた野外での研究,あるいは実験的研究が蓄積されて来ており,それを基に,動物の移動分散の基本的メカニズムを知る手がかりが得 られるのではないかと期待される.

以下ではこうした試みの一つとして,森下のアリジゴクの分散実験を紹介し,それが拡張された拡散方程式としてモデル化出来る事を示す.

またこうしたモデルを多種系に適用することにより,種間の相対的空間分布パターンの解析を行う事が出来る.特に共通の資源を求めて厳 しい種間競争 におわれている生物が共存の道 として選んだすみ分けの現象を種間相互作用を伴う移動分散の問題としてとらえることにより解明 してみよう.・・・



研究事例:「松枯れ病」の拡散推移図



重定南奈子

 



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