| 3H絵師 と 西洋 |
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西洋で絵師3Hと称して賞賛されているのは、「北斎」「広重」「巴水(はすい)」の三人です。 絵師3Hを年代順に並べると次の通りです。 葛飾北斎(1760/10/31~1849/ 5/10:享年88歳) 歌川広重(1797/ / ~1858/10/12:享年62歳?) 川瀬巴水(1883/ 5/18~1957/11/ 7:享年74歳) 日本独特の浮世絵は、西洋と接する機会が増えた江戸末期から西洋に知られるようになりました。 そして、西洋の絵画にも多くの影響を与えるようになりました。 これらの絵師と西洋との関連を見ていきます。 ★ 葛飾北斎 葛飾北斎は、門人の数が孫弟子も含めると二百人と多い葛飾派の祖となり、浮世絵に多大な影響を与えました。 その影響は国内に留まらず、開国と共に浮世絵が海外に輸出されたことで、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)などの印象派画壇の芸術家を始め、工芸家や音楽家にも影響を与えました。 エドガー・ドガ(1834~1917)は北斎に関し「北斎は浮世絵の絵師たちのひとりではなく、彼自身が島であり、大陸であり、世界なのだ。」という言葉を残しています。 葛飾北斎が「世界一の浮世絵師」と言えるのはアメリカの有名なフォト・ジャーナル誌である『ライフ』雑の企画「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物百人」の中で、唯一の日本人として86位にランクインしていることからも分ります。 来年度からの新千円札紙幣デザイン「神奈川沖浪裏」は北斎作品として海外でも親しまれており、クロード・モネ(1840~1926)はこれをアトリエの壁に架けて常に楽しんでいたとされています。 また音楽家ドビュッシー(1862~1918)は、交響曲「海」の楽譜の表紙に採用したとのことです。
★ 歌川広重 歌川広重と言えば「東海道五十三次」、「ヒロシゲブルー」です。 「大はしあたけの夕立」の橋桁足元近くの川の色合いこそ「ヒロシゲブルー」として有名です。 さて、「大はしあたけの夕立」では激しく振り付ける「雨」が斜線で描かれています。 しかし、フランスの画家の作品「パリの通り、雨」では、雨が表現されていません。 広重の浮世絵を見たゴッホは、広重の描法に刺激を受け、自分でも模写しています。 ギュスターヴ・カイユボット:パリの通り、雨:1877年 ![]() フィンセント・ファン・ゴッホ:日本趣味・雨の大橋:1887年 ![]() 川瀬巴水(かわせはすい) 今までも何回か取り上げてきましたが、今回「スティーブ・ジョブズ が愛した浮世絵作家」として見ていきます。 彼は、幼い時から浮世絵に馴染み、来日した際には、川瀬巴水の浮世絵を25点も購入した、とされています。 彼が巴水の絵を好んだ理由は、その素晴らしさのみでなく、その製作過程にありました。 浮世絵は、絵師、彫り師、摺り師の三人分業体制で、絵師は、彫り、摺りの工程に関与していませんでした。 しかし、川瀬巴水は、浮世絵が完成するまで、彫り師、摺り師と話し合い、作品を仕上げていきました。 ジョブズは、自分の仕事の中で、機能はもちろん追求するもののそれだけではなく、感性に訴える作品を完成するまで、細かく指示を出し続けました。 彼の肩書きは、正に「起業家、実業家、工業デザイナー」です。 ジョブズは、川瀬巴水の作画姿勢に大いに共感したようです。 スティーブ・ジョブズ マックを生んだ日本の版画との出会い
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